「21世紀の資本家」 その3

SRIのはじまりが宗教団体によるものだということは、はっきりしていますが、どの宗教かについては諸説あります。一般的には、1920年代のアメリカで、教会が、酒、タバコ、ギャンブルなど、キリスト教の倫理に反するものに投資をしないと決めたことだと言われています。しかし、イスラム教では預言者ムハンマドの最初の妻が、ムハンマドのキャラバンに対して、イスラム教の教義に沿った形で、投資を行ったのだから、世界最初のSRIは、1400年前のイスラム世界で誕生していたのではないか、という人もいます。

イスラム教の法律である「シャリア法」が禁じるのは、アルコール、豚肉、非イスラム的金融業(禁じられている利子の取得を行う金融業)、娯楽(ホテル、カジノ、映画、ポルノ、音楽)に関わる事業です。1970年代頃からイスラム諸国を中心にイスラム銀行の設立が相次ぎ、現在では世界で500以上のイスラム銀行が存在しています。「シャリア法」では不労所得である利子の取得を禁じていますが、事業に投資をして利潤を得る事は禁じられていないため、イスラム銀行は投資事業からの収益という形で利益を得ています。このようなイスラム金融の興盛には、やはり、オイルマネーの蓄積による、イスラム諸国の経済力の増大が背景にあると言えるでしょう。

金融市場について、「効率的な市場」「サステナブルな市場」「グリーンな市場」など、さまざまな言われ方をしますが、ここに来ていよいよ、「宗教的な市場」が出現するのでは?と思わせる動きが出てきました。

2020年1月22日にカトリックの総本山であるバチカン(教皇庁)の「人間開発のための部署」は、フェイスインベスト(FAITH INVEST)、UNDPとともに共同イニシアティブとして、人々と地球のためにグリーンで自然に優しい、起業家の視点による宗教投資のオンラインコースを開発し、ほかの宗教グループも、同様のイニシアティブを検討していると発表しました。

ここで言及されているFAITH INVESTの代表マーティン・パーマー氏とこの2月、東京でお会いする機会がありました。神学者であるマーティン・パーマー氏によると、「世界的な宗教の資産や影響力が客観的に測られたことは一度もありませんでした。そこで、FAITH INVESTは、宗教団体が保有する資本を世界で初めて算出し、宗教団体の資本を可視化したのです。それによると、世界の約15%の資産は主にイスラム教とキリスト教の宗教団体により保有されており、世界の50%以上の学校や3分の1の医療保健施設は宗教団体により運営され、世界の8%の土地は宗教団体には属さないものの宗教の影響による聖なる場として民間の投資が及ばない場所(例えば富士山)であることが明らかになりました。」また、宗教には、ビジネス面があります。宗教団体は居住可能な土地面積の約8%、全商業林の約5%を所有しています。EU全体よりも多くのテレビおよびラジオ局を所有しており、多くの書籍、新聞、雑誌を発行しています。世界のビジネスの総投資額の推定10%を所有しているそうです。

昨今、大ブームのESG投資のバックボーンになっている、SRIはもともと、宗教的価値観を投資へ反映をさせるということですから、宗教的な投資というものはめずらしくないのですが、FAITH INVESTのような世界横断的な組織ができたところに、新しさがあります。

FAITH INVESTは世界中の宗教団体をネットワークし、共通の投資ガイドラインを策定、また運用担当者の教育・訓練を行い、宗教の持つ投資パワーを集約し、極大化することで、地球のサステナビリティに、ポジティブなインパクトを与えるための強力な援軍なのです。

2021年には、福岡県宗像市での国際会議が予定されています。神道の宗像大社がホストとなり、フィリピンのキリスト教、インドネシアのイスラム教、中国のタオイズム、インドのヒンズー教などのアジアの宗教団体を集結させて、持続可能な社会に向けて宗教の力を活用した積極的な投資を呼びかけるそうで、今後の展開が注目されます。

FAITH INVESTの母体になったのは、2018年、スイスのツークで開かれ、筆者も参加した「SDGsのための宗教者会議」です。

SDGsは、世界のすべての国に普遍的に適用される「持続可能な“発展”目標」であり、「21世紀型の経済成長戦略」と言えます。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教、シーク教、仏教、道教、神道の代表者たちがスイスのツークに集まり、UNDP(国連開発計画)やカトリックの総本山バチカンからも参加があり、宗教者としてSDGsの達成のために何ができるか、何をすべきか、特に投資行動のあり方が熱心に討議されました。

「なぜ宗教がSDGsに?」という問いに、たとえばヒンドゥー教の代表者はこのように答えてくれました。

「ヒンドゥー教徒は、インド国内で8.3億人、その他の国の信者を合わせると9億人で、キリスト教、イスラム教に続いて人口の上で世界第3番目の宗教であり、今や信者は全世界にいるのだから、世界的課題に向き合うことが重要です。教義に従って生きることを、グローバルなコンテクストで考えなければいけないということです。それで、2015年にSDGsをどう達成していくかというBhumiプロジェクトを立ち上げました。」

「投資によって、より良き持続可能な開発に貢献できると確信しています。ヒンドゥー投資家にとって、投資の財務的なリターンだけでなく、社会的、政治的な視点、環境問題や心の充足といった視点も大事です。信仰の教義に沿った投資基準を開発しようとしていますが、ヒンドゥー教にはもともと多くの宗教、精神的、哲学的な伝統が混在しており、さらに個人によってそれぞれの行動は多岐にわたります。個人の選択を重んじることは、ヒンドゥー教の伝統的価値観だからです。投資に際しては、動機と結果についてよく考えること、つまり投資の原則と価値が広い意味で世界に良きものをもたらすということを考えるべきだと思います。」

「ヒンドゥー教の考えでは、我々の存在は、広大な宇宙における本当にささやかなものであり、このように精妙に設計された自然の摂理と、その背後にある超自然的な知恵の一部になることをめざしているのが人間で、世界を富ませ、持続可能にすること、この世界全体のサーバントになるのが人間なのです」

このような哲学的な命題に生きている宗教者にとって、教義に沿って実際的な投資基準をつくることは、なかなか困難に違いありません。しかし、人々のライフスタイルをより環境配慮型にすることが地球のサステナビリティのカギであり、個人のライフスタイルに強い影響を与える宗教が、このように世界的なネットワークをつくり、金融市場に本格的なプレーヤーとして参入することのインパクトは、はかりしれないものがあります。宗教的な資本を動員する彼らもまた、21世紀の資本家と言えるのではないでしょうか。

年金基金、労働組合、宗教団体がSRI/ESG投資の主要プレーヤーと言われて久しいのですが、投資家であることは、この資本主義というシステムの当事者であり、その成功にも、失敗にも責任がある、という意識は今まで薄かったように見えます。しかし、この資本主義というシステムを、より良いものにすることは、経済主体である個々人の金融行動の変容によって可能であり、個人の行動が変わるために、宗教の倫理的な側面が人々を鼓舞することを願ってやみません。

「21世紀の資本家」は、年金システムの受益者、労働者、市民としてのわたし達ひとりひとりなのです。

筑紫 みずえ

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